旧東医院
敷地内に和館もあり。
2019年5月 岡山県高梁市
有名な医院のようですね。上部のハーフティンバーが印象的。玄関柱の細いタイルがめずらしく、たまに組み合わせ模様があるのが楽しいです。
2022年6月 兵庫県芦屋市
『相生市史 第四巻』P771によると、昭和2年(1927年)ごろ築。この東隣にも洋館付き住宅があったそうです。そこは昭和40年代は医院でした。
相生市の医療関係者に半田さんは多いですが、ここから始まったのでしょうか。
2022年4月 兵庫県相生市
時代を感じさせる洋館が診療所だったのでしょう。門柱の看板には「佐久間 内科 耳鼻咽喉科 醫院」とあるようです。医院は近隣に移転しました。こちらは現在は医師宅でしょう。
2018年11月 兵庫県太子町
外観は洋館ですが屋根は入母屋造。こちらも主屋の方も瓦はまだ新しく、鶴のデザインの和風鬼瓦も乗っていました。背後の重厚な和館が庄屋様のお屋敷のようでした。
ダンナが子供のとき、風邪を引くと連れてこられていたらしいです。肝油もいただいていたとか。ピンクの洋館は待合室で、奥の和館に診察室があったそうです。
戦前からの医院で、神崎郡の医師会会長を務められたこともあったようですが、2021年更地になりました。
2018年7月 兵庫県福崎町
大正11年(1922年)開院。100年経った2022年現在も現役の歯医者さんです。
母屋の和館はそれほど大きくはないものの、持ち送りや破風のひれ付き懸魚は凝った感じ。2階の窓は洋風ですね。
軒が段々になっているのは、大正末期から昭和初期にかけて流行った箱軒で、大阪あたりにはまだ多く見られる様式です。地方の建築の中では、いち早く流行を取り入れたものではないでしょうか。
2022年6月/2022年10月 兵庫県福崎町
入口付近の独立洋館が診療所で、奥の和洋館が医師宅だったのでしょう。
2020年12月、10月 兵庫県姫路市
装飾はシンプル。洋館に銅製の雨樋はめずらしいのではないかと思います。もとは和風の建物用なのでしょうが、たて樋が細めの角型なので特に違和感はなく、敷地内のほかの建物や塀によく合っています。
今でも玄関には「三木醫院」の立派な木製看板が掛かっています。子孫の医師が近隣で開業しておられ、公式サイトには1928年に医院開設とありました。昭和3年開業当時からの建物なんでしょうね。
近くからではよくわかりませんが、少し離れてみると赤い屋根であるのがわかります。
2022年4月 兵庫県姫路市
1965年の住宅地図にはT歯科とあり、1977年では名前なしでした。敷地内に和館もあるようなのでこのページに入れましたが、この建物だけで診療所と住宅の両方になっていたのでしょう。
1950年の歯科医師会名簿に女医さんの名前がありました。
2022年4月 兵庫県姫路市
すぐ横の夢前川の改修が完成したのは昭和16年(1941年)。終戦後から本格的に広畑地区の区画整理が行われています。この建物がいつごろ建設されたかは未調査ですが、戦後間もなくのものではないでしょうか。医師名が1950年の医師会名簿にありますが、区画整理前の住所で、この場所と一致するかどうかも未調査です。
玄関上の名字入り洋風鬼瓦。和瓦の鬼瓦は、文字や家紋、マーク入りは普通ですが、洋瓦はパルメット紋以外の模様のあるものはめずらしいかと思います。
住所で検索すると、今でも病院の口コミサイトに名前が上がってきます。が、それらのサイトができる前の2000年ごろには、診療は終了しているようです。
2020年11月 兵庫県姫路市
手前の家の一部だけ洋風壁になっている長屋。洋館部分は、1965年の住宅地図にはM歯科とありました。1950年の医師会、歯科医師会名簿には、M医院とM歯科の記載があります。しかも住所がここではないかと思われます。いつから建っている長屋なんでしょうか。
1977年の住宅地図にはすでに医院はなく、別の名字のみ記載されていました。玄関はしばらく使われていないように見えます。昔の医院の玄関によくある白丸外灯ではなく、古びたちょっとおしゃれなランプシェードがありました。
5軒長屋になっています。右の方は番地が違っています。
2020年11月 兵庫県姫路市