路上観察と琺瑯看板、マンホールのふた
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酒10 洋酒

ビール

キリンビール(トレードマーク付)  キリンビール

KIRIN BEER キリンビール
撮影:2008年9月

KIRIN BEER キリンビール 麒麟麥酒株式會社
撮影:2003年7月 2枚目拡大画像(26KB)

東京都中野区中野4-10-2 中野セントラルパークサウス、麒麟麦酒(株)、キリンホールディングス(株)

明治3年(1871年)、アメリカ人コープランドが横浜山手天沼に設立した日本初のビール醸造所スプリング・バレー・ブルワリーが前身。明治40年(1907年)2月、事業を譲り受け麒麟麦酒(株)として創業しています。

平成19年(2007年)7月1日、持株会社キリンホールディングス(株)設立(旧麒麟麦酒(株)が社名変更)。酒類事業は同日に設立された新・麒麟麦酒(株)の担当になりました。平成25年(2013年)、販売会社であるキリン(株)の子会社に。

キリンビールトレードマーク

トレードマークは2008年9月撮影
キリンサイト内の商品ブランドの歴史 キリンビールには歴代ラベルが紹介されています。かつてキリンサイト内にラベルライブラリーというページがありました。それによると昭和15年(1940年)のラベルに似ています。

キリンビール木製看板

キリンビール
撮影:2005年1月 拡大画像(41KB)

戦前の看板に昭和32~38年のラベルが貼り付けてあります。しかしそれもだいぶはがれてきました。

キリンビールトレードマーク

キリンビール自販機  キリンビール自販機のトレードマーク

キリンビール自販機。ただし入っているのはソフトドリンク。
撮影:2007年1月

ロゴがローマ字になったのが昭和58年(1983年)。「キリンビール」はそれ以前と思われます。右側の自販機の右端、見本缶はポカリですが、パネルはサーフブレイクというスポーツドリンクになっています。

この製品が販売されていたのが昭和57年(1982年)~平成元年(1989年)。自販機は昭和57年ごろのものでしょうか。昭和57年(1982年)4月1日発行の500円玉は使えないようです。

キリンホールディングスは、平成31年(2019年)2月、従来のKIRINロゴに赤い麒麟を入れたマークをロゴマークとしました。ロゴの赤麒麟も商品の麒麟も、のよーんとした目ですが、赤白を反転させたこの麒麟はキリッとした目つきです。

アサヒビール  アサヒビール

ASAHI BEER アサヒビール
撮影:2001年12月/2019年11月

東京都墨田区吾妻橋一丁目23番1号、アサヒビール(株)、アサヒグループホールディングス(株)
明治22年(1889年)、前身である大阪麦酒会社設立。明治25年(1892年)、「アサヒビール」発売。明治39年(1906年)、大日本麦酒(株)設立。

昭和24年(1949年)9月1日、大日本麦酒(株)の第2会社として5支店4工場を継承し、朝日麦酒(株)設立。平成元年(1989年)(旧)アサヒビール(株)に。平成23年(2011年)7月、持株会社に移行。酒類事業は現社が引き継ぎました。

アサヒマーク
右の方が波が派手です。太陽も少し大きくなっています。周囲に貼ってある看板を見ると、右の方が古そうです。

アサヒビール木製看板

アサヒビール木製看板

アサヒビール木製看板

國産 アサヒビール 朝日麥酒株式會社醸造
撮影:2005年1月 1枚目拡大画像(64KB)

アサヒビール 朝日麥酒株式會社醸造
撮影:2008年1月 2枚目拡大画像(89KB)

朝日麥酒株式會社ということで、昭和20年代から30年代初めごろの看板でしょう。1枚目の方が古いようです。

アサヒビール
撮影:2018年2月 3枚目拡大画像(75KB)

アサヒゴールド木製看板  アサヒゴールド木製看板

アサヒゴールド
撮影:2015年12月

アサヒゴールドは昭和33年(1958年)、日本で最初に発売された缶ビールです。

アサヒビール木製看板

アサヒビール
撮影:2010年1月

建物は改装されていますが、看板は古いままのようです。木製の切り抜き文字の一部が割れてきました。

アサヒビール自販機

アサヒビール
撮影:2011年3月

ビールの自販機は本当に多いので、古そうなのを代表で。
昭和61年(1986年)1月21日、アサヒビールはCI導入、現在のローマ字のロゴが誕生しました。カタカナのロゴはそれ以前でしょう。

「ビール」と言えば「キリンラガー」の時代が長く続きましたが、昭和61年(1986年)、樋口廣太郎氏がアサヒビールの社長に就任。昭和62年(1987年)「スーパードライ」が大ヒット。昭和60年(1985年)に9.6%だったシェアがその後46%に大躍進。ビールのトップシェアを獲得しました。

キリンは平成12年(2000年)まではビール+発泡酒ではトップでしたが、平成13年(2001年)2月21日、アサヒが「アサヒ本生」で発泡酒市場に参入。ビール・発泡酒シェアでも、平成13年(2001年)トータルで、アサヒが48年ぶりに首位奪還となりました。その後またキリンが巻き返し、現在もトップ争いを繰り広げています。

サッポロビール  サッポロビール

サッポロビール
撮影:2004年3月/2006年11月

東京都渋谷区恵比寿四丁目20番1号 恵比寿ガーデンプレイス、サッポロビール(株)、サッポロホールディングス(株)
明治9年(1876年)9月、北海道開拓史麦酒醸造所設立。明治19年(1886年)11月、大倉組に払い下げられ、明治21年(1888年)1月、札幌麦酒(株)に。

明治39年(1906年)3月、日本麦酒、札幌麦酒、大阪麦酒3社合同で大日本麦酒(株)設立。ユニオンビール等合併の後、昭和24年(1949年)9月1日、過度経済力集中排除法により日本麦酒(株)設立。昭和39年(1964年)1月よりサッポロビール(株)。平成15年(2003年)7月1日持株会社サッポロホールディングス(株)設立。酒造事業は新・サッポロビール(株)が担当。

マーク部分アップ(87KB)。
左は「日本麦酒株式会社」とあります。北海道以外で「サッポロビール」のブランドが復活したのが昭和32年(1957年)2月。この看板は昭和32~38年のものではないでしょうか。右はサッポロビール(株)時代のもの。

ビール党の サッポロ木製切り文字看板

サッポロビール木製切り文字看板

ビール党の サッポロ
撮影:2011年3月

サッポロビールの木製切り文字看板。潮風と直射日光の当たる場所で条件が厳しいですが、文字の貼り跡が残っているので、2000年代初めごろまでは全文字残っていたのかもしれません。

サッポロビール
撮影:2009年3月

こちらも木製切り文字看板。この時点で千鳥足の酔っぱらいのようです。
ストリートビューを見ると、5年後には「ポ」が落下していました。他は2022年4月でもまだあります。

ワイン

赤玉ポートワイン

美味 滋養 葡萄酒 赤玉ポートワイン 販賣店
撮影:2005年1月 拡大画像(58KB)

東京都港区台場二丁目3-3、サントリー(株)
大阪府大阪市北区堂島浜二丁目1番40号、サントリーホールディングス(株)

明治32年(1899年)鳥井商店として創業、大正10年(1921年)12月、(株)壽屋(寿屋)設立。昭和38年(1963年)に現社名に変更。平成21年(2009年)4月1日、純粋持ち株会社制に移行。親会社はサントリーホールディングス(株)に。ワイン事業はサントリーワインインターナショナル(株)が担当のようです。

赤玉ポートワインは明治40年(1907年)発売。サントリーの名は、赤玉を太陽(sun)とし、それに創業者鳥井信治郎氏の名字をつけて合成したものと言われています。

蜂ブドー酒

美味滋養 蜂ブドー酒
撮影:2006年9月 拡大画像(27KB)

東京都墨田区東駒形一丁目17-6、合同酒精(株)、オエノンホールディングス(株)

明治13年(1880年)、みかはや銘酒店として個人創業。明治33年(1900年)、日本酒類製造(株)設立。大正9年(1920年)、大日本酒造(株)を吸収合併し、神谷酒造(株)に社名変更。

大正13年(1924年)、神谷酒造(株)と東洋酒精醸造(株)・北海道酒類(株)・北海道酒精(株)・神谷酒蔵工業(資)の(本社工場)が合併、合同酒精(株)誕生。

平成15年(2003年)7月、持株会社のオエノンホールディングス(株)に移行。メーカーである現在の合同酒精(株)が設立されます。清酒メーカーの福徳長酒類(株)、旧富久娘酒造(株)(現オエノンプロダクトサポート(株))などもオエノングループの企業です。

白玉ホワイトワイン

純良白葡萄酒 白玉ホワイトワイン 美味滋養
撮影:2009年8月 拡大画像(18KB)

兵庫県明石市大久保町西島919番地、江井ヶ嶋酒造(株)

社史によると、白玉ホワイトワインは大正10年(1921年)7月発売。戦時中に一時発売を休止しますが、昭和26年(1951年)より再度販売。昭和43年ごろにもありました。その後白玉ブランドのポートワイン・焼酎・みりんなどを発売します。白玉焼酎と梅酒はまだあるようです。

ウイスキーなど

トリスウ井スキー

サントリー姉妹品 トリスウ井スキー
撮影:2005年1月(赤玉ポートワインの看板の裏です)

東京都港区台場二丁目3-3、サントリー(株)
大阪府大阪市北区堂島浜二丁目1番40号、サントリーホールディングス(株)

平成21年(2009年)4月1日、純粋持ち株会社制に移行。ウイスキー、ビールなどの酒類製造はサントリー酒類(株)が担当していました。

令和4年(2022年)7月、事業会社5社を統合、酒類事業全般を担当する現在のサントリー(株)が発足。

トリスウィスキーの発売年は、サントリーサイトでは昭和21年(1946年)となっています。検索すると「1950年」(昭和25年)と書いてあるページも見つかりました。

ロバートブラウン

ロバートブラウン
撮影:2004年3月 拡大画像(94KB)

静岡県御殿場市柴怒田970番地、キリンディスティラリー(株)
昭和47年(1972年)キリン・シーグラムとして設立。昭和49年(1974年)ロバートブラウンを発売しています。平成14年(2002年)7月、キリンディスティラリー(株)に社名変更。
この看板は琺瑯製ではありませんが、保存状態がよかったので掲載しました。

サントリーレッド

サントリーレッド合成樹脂看板
撮影:2006年4月

「仲間を呼んでたっぷり飲もう! サントリーレッド 普通瓶500円 Wサイズ900円」と書いてあります。

サントリーウイスキーレッドの再発売は昭和39年(1964年)。このときの値段設定ですね。宇津井健さん出演のCMがあったようです。

サントリー向獅子マーク

サントリー向獅子マーク
撮影:2020年11月 拡大画像(64KB)

酒屋さんにあった看板です。もともと社章だったという向獅子マークは、昭和4年(1929年)には見られるとのこと。本当の向獅子マークは獅子ですが、この看板は山犬ふう。

平成2年(1990年)4月1日、次代の響マークと交代しました。個人的にはこの響マークがよくできていると思っていました。

現在のコーポレートマーク「sunTORY」の水浅葱色マークは、平成16年(2004年)4月1日決定。年度内に少しずつ変更していったとのこと。

アーカイブサイトを見ると、サイト左上のロゴマークは、平成16年7月13日では響マーク、7月16日では現在のマークになっています。

サントリーのペンギン(トタン看板)

サントリーのペンギン(パピプペンギンズ)
撮影:2009年3月

既出のサッポロビール木製看板と同じ場所にあったもの。トタンのようですが、立地条件がよかったのか2014年1月でもまだありました。さすがに2019年9月にはなくなっていますね。

1980年代、CMで一世を風靡したサントリーのペンギンたち。ユニット名を「パピプペンギンズ」と申します。CMをやっていたのは1983~84年ですが、その後もいろいろ使われ、当時生まれていなかった世代にも認知されているようです。

乾杯し続けて30年。彼は缶ビールになれたのでしょうか。

アサヒビールのシェアが最低だった昭和60年(1985年)、3社より遅れてビールに参入したサントリーのシェアは4位の9.2%(当時3位のアサヒは9.6%)。戦前からの有名ブランドに迫れたのはペンギンズ効果もあったのではないでしょうか。

すでに書いたように、アサヒは昭和62年(1987年)、スーパードライのヒットでシェアを伸ばしていきますが、このころサッポロやサントリーのシェアに特に変化はなく、ほぼキリンのシェアを食ったことが、参考資料(アサヒビール ~ビール市場の創造と対応~)のP2図2「ビールメーカー国内シェア推移」のグラフでわかります。

スーパードライの前年、サントリーはモルツを発売。これがなかなか好評で、スーパードライが出なければ、アサヒを逆転していたかもしれません。

ニッカウ井スキー

ブラックニッカ

ニッカウ井スキー
撮影:2014年3月

ブラックニッカ
撮影:2008年1月

東京都墨田区吾妻橋一丁目23番1号、ニッカウヰスキー(株)

昭和9年(1934年)竹鶴政孝氏により、大日本果汁(株)として北海道余市町で創業。昭和27年(1952年)ニッカウヰスキー(株)に変更。昭和29年(1954年)よりアサヒビール傘下に。平成13年(2001年)にアサヒビールの子会社になります。ブラックニッカは昭和40年(1965年)に発売された現存ブランド。

ニッカウ井スキー自販機

ニッカウ井スキー ポケットびん自販機
撮影:2010年5月 拡大画像(48KB)

価格改定ののち、ポケットびんが300円で売られていました。500円玉は使えなかったようです。

オーシャンウイスキー自販機

オーシャンウイスキートタン看板

オーシャンウイスキー自販機 オーシャンウイスキー自販機

オーシャンウイスキー自販機
撮影:2010年5月 拡大画像(48KB)
最終的に売られていたのは、サントリーホワイトポケットびんで350円。こちらも500円玉は使えないです。ニッカ、オーシャンとも同型のようなシャープ自販機。

オーシャンウイスキー、メルシャンワイントタン看板
撮影:2013年5月
オーシャンのロゴタイプはこちらの方が古いでしょう。

3枚目は自販機の、4枚目はトタン看板のマーク。自販機のマークの方がきちんと描かれています。

オーシャンはもともと長野県の大黒葡萄酒(株)のブランドでした。昭和37年(1962年)オーシャン(株)時代に三楽酒造(株)が合併、三楽オーシャン(株)となります。

昭和60年(1985年)三楽(株)に変更ののち、平成2年(1990年)メルシャン(株)に。平成19年(2007年)7月1日、洋酒販売事業をキリンビールへ譲渡。

トタン看板にあるオーシャンとメルシャンブランドが同じ企業から発売されていたのは、昭和37年~平成19年6月末までのことです。ロゴタイプが古いので昭和の看板でしょうか。

参考文献

  • 『企業名変遷要覧』2006年1月25日 機械振興協会経済研究所 結城智里 神戸大学経済経営研究所附属政策研究リエゾンセンター 日外アソシエーツ編集部 編
  • 『江井ヶ嶋酒造株式会社100年史』1989年1月15日 江井ヶ嶋酒造株式会社100年史編纂委員会

2009年12月31日:ページ分割。サッポロビール1枚、蜂ブドー酒、白玉ホワイトワイン、ブラックニッカ追加。2018年4月10日:ニッカウヰスキー追加。2022年8月24日:画像差し替えあり。

(2025年9月15日更新)